白樺カレー
5時10分前。
まだ朝日が地上に現れる前からクロウタドリは謳いはじめたが、私は彼らよりも少し前から、今日を開始している。
昨日の夜から仕込んでいるカレーと、
1kgの白いんげん豆をコトコト煮込む。
豆の煮汁をカレーに加えてみたり、
カレーに放り込んでた鶏ガラを、豆の鍋に移してみたり、
棚にあるスパイスを適当に加えてみたりしながら、味を調える。
お金をかけずに、栄養価満点の食事が約20回分、整った。
これから小分けして、冷凍庫に入れたら、
少なからず、今日も、何かをした私を褒めてあげよう!
まだ、日本時間が体から抜けきらず、
こうして早起きを続けているが、
時差の余韻が強く残る中、
日本で食べたカレーの事を思い出していた。
隣のマンションに、
小さな喫茶店「森の中のオープンカフェ」がある。
本来は、このマンションに住む住民用のスペースだが、
外部の人も利用できることになっていて、
私はよく、本を持ってそこで過ごしていた。
店内は静かで、窓の外の樹々が、
まるで森の中にいるような気分にさせてくれる。
ある日の午前中、私は図書館で3冊の本を借りた。
3冊とも、柳宗悦の本だった。
図書館を出ると家には戻らず、
「森の中のオープンカフェ」へ向かい、
1杯100円の珈琲を飲みながら、本を読み始めた。
私の他に、女性一人客がいるだけの静かな空間は居心地がよく、そのまま、ここでランチを頂く事にした。
カウンターに行くと、カレーのメニューが目に入る。
・白樺カレー
・グリーンカレー
「白樺カレー」という言葉は知っていたけれど、食べた事がなかったので、この機会に注文する事にした。
大正時代、「白樺派」と呼ばれた文化運動グループがいた。
彼らは、西洋の芸術や思想の影響を受けながら、
個性や人間らしい生き方と理想を求め、文学・美術・思想を横断して活動していた。
メンバーには、「小説の神様」と呼ばれた志賀直哉、有島武郎、武者小路実篤のほか、
民藝の父である柳宗悦、陶芸家のバーナードリーチがいて、
彼らはここ、我孫子の地に暮らし、創作や交流を重ねていた。
「白樺カレー」という言葉を目にした時、
そんな彼らの存在をカレーに重ねただけなのだろう、
と思っていたが、実際には、彼らが食べていたカレーには味噌が隠し味として使われており、そのレシピが「白樺カレー」と呼ばれている事を知り、いつか食べてみたいな、と思っていた矢先だったので、この時、私は迷うことなく「白樺派カレーください!」と注文した。
そして、カウンターに置かれたカレーの説明を読み始め、
心が小躍りした。
そこには、このカレーが柳宗悦の妻・柳兼子によって、白樺派の文人たちの集まりで振る舞われていたこと、そして味噌を加えるアイデアは陶芸家バーナード・リーチによるものだと書かれていた。
柳宗悦の妻、柳兼子は1892年生まれで、
ドイツに音楽留学の経験を持ち、
後に西洋歌曲の演奏を広めた人物で
「日本声楽の母」とも呼ばれている。
そんな彼女の手によって文人たちにふるまわれたカレーを、
いま私は彼女の夫・柳宗悦の本を読みながら食べている。
西洋の思想に影響を受け、
人間の自由について語り合いながら、
彼らがこのカレーを食べていたのは、111年前のことだ。
まるでミューズの世界から柳兼子が降り立ち、
「あら、私の旦那の本を読んでいるのね。
では、あなたにも、私のカレーをふるまいましょう」
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