灯台下暗し - 我孫子への郷土愛
日本に帰省してから2週間が経つ。
シエナと我孫子(あびこ)。
この2つの街を、
ここに暮らす私の日常の視線から比較してみると、それぞれの特徴がより感じられて面白い。
まずは、シエナ。
ユネスコに認定されている旧市街地はもちろんのこと、街から離れた小さな町や村であっても、歴史的建造物が点在し、どこも、広大な丘陵地帯と隣り合っている。
それらの美しい景観は、単なる「環境」ではなく、
人の手によって築かれ、守られてきた「景観」だ。
人間の介入とは、歴史的建造物の維持、
修復、保護であったり、
街中から田園風景まで及ぶ景観法の介入だったりする。
その規制はかなり厳しく施行されていて、
煉瓦の統一、窓枠の色、看板や道案内表示等々、細かく定められている。
そして、一個人の庭にそびえ立つ大木であっても、認定を受けている場合は、勝手に伐採することは出来ない。
こうしたルールのもとに、
街も郊外も美しく調和が保たれ、
エトルリア時代、ローマ時代から現代まで、
何世紀にもわたって受け継がれてきた歴史が今も息づくシエナは、町全体がまるで博物館のようだ。
しかし、生活者の視点からみたらどうだろう?
美しさから豊かさを実感できる一方で、
少なからず犠牲を払わなければならないのも事実だ。
例えば、中世からの建物が今も使われている現状。
階段の角は丸くすり減り、
うっかりと滑ってしまう。
排水管や電気などの工事も難しく、
エレベータやエスカレータを設置するにも特別な調査が必要になるだろう。
石畳の道は高齢者にとって注意が必要で、
街中には、公衆トイレも少ない。
シエナの街は文化と歴史が薫る美しい街だが、生活の機能性という観点から見ると、また違った姿が見えてくる。
それでもなお、人々がこの中世の街並みに暮らし続けているのは、「観光地」という理由以上に、この街への誇りがそうさせているのだと思う。
その誇りは、コントラーダ(地区社会)というコミュニティの存在、住民の厚い理解・協力によって成り立ってるように感じられる。
一方、我孫子はどうだろう?
シエナで見られるような建築様式の美しさや景観の統一性は、正直なところ感じられない。
街は、近代化、工業化、
そして高齢化に対応してきているが、
美意識という点はなおざりにされ、
歴史を物語る景観も目に飛び込んではこない。
しかし、我孫子もストーリーを持つ街だ。
注意をもって歩いてみると、
その痕跡にふと出会えたりする。
今回の日本帰省では、
そんな痕跡を、まるで、宝探しするかのうように寄り道しながら楽しんでいる。
今日みつけたお宝は、家の前にあるマンションの敷地内にひっそりと残る古墳。
目立たない場所だけど、
実はここに1300年以上前の、この地域を治めていた豪族の墓がある。
前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)」という、鍵穴のような形をした古墳で、全長は30メートル。
墓の本体は地中にあり、
横から入るトンネル状の部屋になっているが、
現在は崩れないように埋め戻されている。
トンネルの入り口前には、「前庭(ぜんてい)」と呼ばれる広場があり、かつてここで豪族との別れを惜しむ儀式が行われていたとのこと。
そこに並べられていた土器から、
この古墳が7世紀(西暦600年代)であることが分かったらしい。
さて・・・
この地を治めていた豪族は、
どんな人だったんだろう?
その人を中心に、
どのような社会があったのだろう?
そんな歴史に思いを巡らせながら、
私の中に、我孫子への愛の芽生えを感じる今日この頃です!
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