« 今日の我孫子のお宝歴史探し - 水戸街道を求めて | トップページ | シエナで見れるミューズとサッフォー »

2026年5月12日 (火)

私の正しさより、相手の共感

私が家で一人で食事をする分には
冷凍庫に保存してある豆やレバーを温めたり、
キャベツに御酢とオリーブオイルをかけて食べたりと、いたってシンプルに済ませてしまう。

でも、母やマッシモと一緒に食事をする時、
(誰かの為)となると、
メニューを考えてしっかりと作ったりする。

そんなわけで、
私が帰省して10日も経つと、
母のお腹にじわじわと肉が付き始め、
ズボンがお腹を締め付けるようになってきた。

「きよさん、ズボンを買いに行きたいな~
やっぱり、ゴムが楽でいいね。
我孫子高校の近くに、
服を売ってるところがあるのよ」

さっそく私たちは、その婦人服売り場に行った。

「これ、いいんじゃないかな」

私は母に似合いそうなズボンを探し、
ハンガーごと腕にかけていく。

すると母が寄ってきて
「きよさん、この服、どうかな?」
と尋ねた。

それはズボンではなく、
春夏用の、ニットだった。

私の好みとは少し違う柄と色だったけど
「あっ!いいじゃない、それ!
いいの見つけたね。買おう、買おう!」
と返事をし、また、母のズボンを探しに戻った。

ブラウスの柄が映えるオフホワイト、
裾に余裕のあるネイビー、
真夏でもサラサラと履き心地がよさそうな軽い生地・・・

そうして、そろそろ試着をしようかという頃、母の目に、サーモンピンクと若草色の2本のズボンがとまった。

結局、母が選んだその2本と、
私が選んだ中から2本、
そして最初に母が見つけたニットを選んで、会計を済ませた。

翌日、母は出かける前に
サーモンピンクのズボンを履き、

「きよさん、このズボンには、どれが合うかな?」

と聞いてきたので、クローゼットから、落ち着いたピンク系の花柄のニットを選んだ。

花を愛でるように、
と言っては大袈裟だが、
明るい色をまとった母の姿に、
小さな幸せを感じた。

こうして母は
「何を選べばいいかな?」
と聞いてくる時もあれば、
「きよさん、これ、どうかな?」
と既に服を着こんでから聞いてくる事もある。

その時は「あらっ、いいじゃない。とてもいい組み合わせだね!」と答える。

母の「どうかな?」の中には、
「これでいいよね」と、
誰かにそっと背中を押してほしい気持ちがある。

だから私は
(このズボンだったら、あのブラウスが似合うんだけどな~)と内心で思ったとしても、「うん。それでいいよ」と肯定する。

母が求めているのは、
正しさではなく、共感なのだ。

もしも私が、

その組み合わせは、ちょっと変だな(私の感覚からして)

それじゃなくて、こっちの服の方がいいんじゃない(私としては)

(私が選ぶ)こっちの方が合ってるよ・・・

そんなふうに、“私”ばかりを前に出してしまったら、相手の為を思っていたとしても、私の価値観の押し付けになってしまう。

大切なのは、母が「分かち合っている」と感じて、安心して穏やかにいられること。

それは、母の日に豪華なカーネーションを贈るよりも、日常の何気ない場面で、小さくても沢山、咲いてくれる方がいい。

私の考える「きちんと」よりも、
相手が共感で、小さな希望や歓びを感じられることの方が、ずっと大切だ。

買い物に行った日から、
母は新しいズボンを交互に履いている。

外出しない日でも、
上下のコーディネートを考えて、
ほんの少しのお洒落感覚を楽しんでいる。

そんな母の姿をみていると
こちらまで嬉しくなる今日この頃です。

|

« 今日の我孫子のお宝歴史探し - 水戸街道を求めて | トップページ | シエナで見れるミューズとサッフォー »