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2024年4月13日 (土)

今日のカンポ広場と、1717年のカンポ広場

1555年、フィレンツェとの闘いに負けて以来、
シエナはフィレンツェに統治されていた。

1717年、シエナはフェルディナンド・デ・メディチの妻であり、トスカーナ大公子妃である、ヴィオランテ・ベアトリーチェ・ディ・バヴィエーラに統治されていた。

その彼女がカンポ広場にやってきた時の光景。

写真のない時代は、
こうしてイラストで当時の様子を記録している。

中央手前の馬車に、バヴィエーラが乗っていて、
その後ろに、11台の馬車が続いている。

建物の上の煙は、
恐らく、今日の花火の役割だと思う。

広場には、庶民、商人のテント、馬車、荷を運ぶ動物、犬等など・・・

活気溢れる庶民生活の営みが伺えますね。

今も昔も、カンポ広場は庶民の生活の舞台です!
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1717年のカンポ広場には、犬も沢山いますね!
私は、6匹、見つけました。
市庁舎の上、広場を囲む建物の上には煙が立ち、
祝典ムードが伺えます。
がしかし・・・
シエナ市民は誰もバヴィエーラの馬車を気にする人がいないのも、興味深いです・・・?

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1717年のマンジャの塔。
時計の上には、三角屋根がつけられています。

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現在のマンジャの塔。
1717年のイラストにあった、
時計の上の三角屋根の跡がみられます。

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