今日の優しい風景
16時半を過ぎると 慌てたように陽は姿を消し、
外の世界は一色単となった。
「レア―、レアー」
中庭にアンナおばさんの声が響いている
「レアー、レアー」
番犬レアは14歳。
この夏から老化が進み、ヨタヨタと歩くようになったが、
最近は視力も聴覚も衰え、
おばさんが呼んでも聞こえないので、
こうして敷地内にレアを探す声が響くようになった。
私も気になり、外に出て一緒に声をあげた途端、
「居たわよ~」という声がした。
何てことはない。
レアは玄関に寝っ転がっていた。
こういう状況って、本人はケロッとしていて、
家族が深刻になっていくところは、
犬も人間も似ているな~と思った。
安心して部屋に戻り、簡単な夕食を済ませた頃、
ロベルトが窓ガラスを叩いた。
「チャオ、ロベルト。
腰の様子はどう? 湿布の効き目、あった?」
「ん~、あまり効き目がないみたいだ」
「そう。じゃ、例のクリームを塗ってあげる」
私は洗面所に行き、ビニールの手袋とクリームをもってきた。
「このクリームを塗る時はね、手袋をしなくちゃダメなの。
唐辛子が入っているから、肌がピリピリ火照るのよ!
本来は、馬が足を骨折した時に使われていたんだけど、
人間にも効果がある事が分かったの」
そう言ってロベルトの腰一体にクリームを塗ってあげると、
「俺はロバだから、馬の親戚。
このクリームは効くはずだ!」
と冗談を言った。
家電屋で働くロベルトは、
いつも、冷蔵庫やテレビなどの搬入や納品をしていて、
重い荷物を扱っている。
そんな自分を、
昔の荷物の運び屋ロバに例えるところが面白い。
日が暮れる前、パトリッツィオと愛犬モッラと一緒にキャンティ地区を周った時、
葡萄の木に微かに残る葉が、傾きかけた夕日を浴びて黄金色に光っていた。
夕日を浴びると、ただの石ころでも美しく見える。
レアの老化、ロベルトの腰痛・・・
健康と反する事は本来、悲しい事なのだけれども、
何故だか、そんな景色からも、
優しい日常の一コマを垣間見れる今日この頃です。
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