神様のご計画
シエナに戻った翌朝、エリーナとお茶をした。
ウクライナ出身の彼女の笑顔は素敵で、
透明感と優しさを帯びた表情はルノアールの描いた
「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」を彷彿させる。
「御帰りなさい、キヨミ!日本はどうだった?
お父さんの様子はどう?」
「お陰様で、とても有意義な滞在だったわ。
お父さんの状況は変わらないし、
この先も良くなっていく事はない。
でもね、私もお母さんも、考え方を変えたの。
昨日に引き続き、
今日という日をプレゼントされる事に感謝してる」
「そうよね。時々立ち止まって、
今、自分が得ているものを改めて感じる事、大事よね」
私はしばらく話を続け、エリーナはいつものように
柔らかい笑顔で耳を傾けてくれた。
「キヨミ。今度は私の事を話すわね。
数日前、猫が死んでしまったの」
私は動揺し、胸が締め付けられた。
彼女は、昨年の12月にグレー色をした愛猫を失い、
その後すぐ、家庭の事情で猫が飼えなくなった家族から
茶色の猫を引き取ったばかりだ。
「息苦しくしていたから、獣医さんに連れて行ったの。
あの子、心臓の病気をもっていたのよ。
その日は400ユーロを支払ったけど、
いくらだって払う覚悟でいたの。
どんな介護も受け入れようと思った。
でも、駄目だった」
私は涙目になりかけたけど、
彼女はしっかりと話しを続けている。
「最初はね、私のせいだと思った。
ここ数年、家族に不幸が続いてるでしょ。
きっと私には不幸をもたらす何かがあるんじゃないか?
って自分を責めたわ。
あの猫がうちにやってきた時、
家にある悪い空気に包まれたから、
死んでしまったんじゃないか?って。
でも、それは違うな、って感じたの。
あの猫ね、私の家に来てから、
生まれて初めて、外の世界を知ったのよ。
庭を興味深々に歩いていた。
私たちは一緒にソファーに横たえて、
猫は喉をグルグルとならしてた。
神様がね、残された時間、幸せに暮らせるように、
あえて、私たちの家によこしてくれたの。
もう猫を飼うのはやめよう、と思ったけど、考え直した。
私の家、猫がいないなんて、ありえないのよ。
事情を抱えた猫を、2匹以上は引取ろう、
って旦那と決めたの。
そしたらキヨミ、また、見に来てね」
彼女はいつも明るい話題を口にする。
時々、困難な時にある話を聞くけど、
その状況を受け止め、乗り越えようとする彼女の哲学には、いつも感銘を受ける。
カプチーノを飲み終え、
私たちは、歌の先生、クララの家に向かった。
エリーナはピアニストだけど、
数年前から声楽を習いはじめた。
そんなエリーナのピアノ伴奏に、私も同行している。
エリーナが発声練習を終えると、私はピアノについた。
「言い訳させて!
私、ここ数週間、全く鍵盤に触れてないの。
でもね、二人といたいから、来ちゃった!」
すると二人は
「いいのよ~、そんな事。
キヨミはいつでも歓迎なんだら~」と言ってくれた。
クララだって悩みを抱えているけど、笑顔が大きい。
年上の女友達に触れ
私も彼女達のように、友達に清々しい元気をチャージ出来るような女になりたいな、と思った今日この頃です。
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