日本帰省 地元で女一人飲み その1
昔の会社の同僚に誘われ、
彼の部下との食事会に参加させてもらった。
あまりにも楽しくて、店を出たのは0時近くだった。
駅に到着すると終電が行ってしまった後だったので、
タクシーに手をあげた。
私はスマホを持っていないけど、
運転手さんが時刻表を調べてくれて、
「上野から最終の常磐線に間に合いそうです」
と教えてくれた。
タクシーを降りて走り、終電に間に合ったけど、
行先は私の家の2駅手前だった。
終点で扉が開くと、皆、タクシー乗り場めがけて走る姿は、まるでバブル期そのもの。
長いタクシーの列を眺め、思わずほくそ笑んだ。
「真夜中に長時間並ぶと風邪ひいちゃうかも。
小一時間飲んでから戻ってこよう」
そう気持を切り替え、飲み屋のある方面の、
野良猫だけが知るような小さな路地に足を踏み入れた。
小さな店の前で
「あら、一人? 入っていきなさいよ」
と長髪をカールした大柄の女に声をかけられ、
そのまま店に入った。
席に着くと、私の左の丸椅子に大柄の女が座った。
女の眉毛はマジックのようにくっきりと描かれ、
真っ赤な口紅をして、私の2倍ほどの胸もある。
女に変身した大柄の女が、狭い店で肌が触れるほど近くに座る、その圧迫感は大きい。
右側の女性は、お酒ですっかりハイ状態。
「名前は~?」と聞いてくるので「キヨミです」と答えると、
「キヨミちゃ~ん」と言って抱き着いてきた。
でも、他の客はそこまでの癖がなかったので、
とりあえず、居てみる事にした。
「キヨミちゃん、何か歌いなさいよ~」
と両端から言われるので、何か歌うしかない。
この空間に、松田聖子や今井美樹は絶対に似合わない。
そこで、中島みゆきの別れ歌にリクエストを入れた。
曲が流れると、大柄の女が
「あら~、中島みゆき。こうやって歌うのよ~!」
と言って、鼻をつまみながら、モノマネをしてみせたので
仕方なく、私も鼻をつまんで、それっぽく歌ってみた。
この大柄の女は、近くにあるゲイバーのママさんで、
お店の合間に、ここで飲んでいるらしい。
他の客は、カラオケで下ネタを発したり、
大きな声で甘えたような声を発している。
私と言えば、
全然酔えないどころか、だんだんと醒めていく。
御客が入ってくるたびに、私は一つずつ席をずらされ、
気付いたら、一番壁側に追いやられていた。
私はそっと御会計を済ませて、外に出た。
「こういう世界もあるんだね・・・」
もう2度と踏み入る事のない店。
翌朝、大柄の女の顔が勝手に脳裏に浮かんできた。
イタリアとの時差がなかなか抜けないけど、
大柄の女の顔も、頭からなかなか抜けてくれない・・・
| 固定リンク