違いは個性
ふと考えた。
私は、どうし イタリア人が好きなんだろう?と
昔、イタリアに留学したばかりの頃、
マクドナルドでアルバイトをしていたら、
悪ガキ集団に、
「ジャッロ・ジャッロ 黄色 黄色」と言われ、
フライドポテトを投げつけられたり、
掃除の邪魔をされた。
マクドナルドでアルバイトをしていたら、
悪ガキ集団に、
「ジャッロ・ジャッロ 黄色 黄色」と言われ、
フライドポテトを投げつけられたり、
掃除の邪魔をされた。
私は弱気になって、イタリア人の友達に話したら、
「そういう時は
〝黄色じゃないよ。黄金だよ!”って言わなくちゃ!」
〝黄色じゃないよ。黄金だよ!”って言わなくちゃ!」
と言われ、「カナリアも黄色!」「レモンも黄色!」
と、黄色を話題にその場が盛り上がった。
と、黄色を話題にその場が盛り上がった。
私は、「そっか~♪」と妙に納得し、
その手の話題になると
「黄金よ、黄金~!」と得意げになって交わし、
その場を盛り上がらせた。
その手の話題になると
「黄金よ、黄金~!」と得意げになって交わし、
その場を盛り上がらせた。
その後、
マクドナルドに出現する悪ガキ達とは仲良くなり、
道端であっても、挨拶するようになった。
マクドナルドに出現する悪ガキ達とは仲良くなり、
道端であっても、挨拶するようになった。
今年のシエナは暑くて、私は日に焼けているらしい。
何人かの日本人から、
「聖美さん、黒いですね~」と言われる。
「聖美さん、黒いですね~」と言われる。
すると咄嗟に、
「そうですよ! だって、夏でしたから。
私を見て、
今年の葡萄やオリーブの出来を予測してくださいね。
私が黒かったら太陽があった年。
私が白かったら、多雨で今一な年!」と答え、
私を見て、
今年の葡萄やオリーブの出来を予測してくださいね。
私が黒かったら太陽があった年。
私が白かったら、多雨で今一な年!」と答え、
「オリーブ、今年はいいんですね!」
と話題が流れていく。
私にとっては、ごく普通の会話だが、
美白に気を付けている女性に「黒い」などと言ったら
それで、大騒ぎされるかもしれない。
美白に気を付けている女性に「黒い」などと言ったら
それで、大騒ぎされるかもしれない。
私は日焼けやシミ、服装など全く気にしないタイプで、
人の最高のオシャレは、笑顔や穏やかな表情で、次に、
周囲の人を気遣い、
全体を一体化できる話術だと思っている。
人の最高のオシャレは、笑顔や穏やかな表情で、次に、
周囲の人を気遣い、
全体を一体化できる話術だと思っている。
人間は皆、それぞれ違いがあって、
それを指摘されると、傷ついたりする時がある。
それを指摘されると、傷ついたりする時がある。
私はイタリアにて、
パトリッツィオをはじめ、沢山の人たちとの交友から、
多様な価値観に触れている。
パトリッツィオをはじめ、沢山の人たちとの交友から、
多様な価値観に触れている。
その中で培った、自分の価値観が
バロメーターとなっているから、
他の人に何かを指摘されると、
それをお喋りのネタに取り入れてしまう。
バロメーターとなっているから、
他の人に何かを指摘されると、
それをお喋りのネタに取り入れてしまう。
でも、私は本来、とってもナイーブな性格だから、
大勢の人から、自分の違いを指摘されると、
考えこんでしまうかもしれない。
大勢の人から、自分の違いを指摘されると、
考えこんでしまうかもしれない。
その時、私が塞ぎこんでしまったら、
その私の態度が、周囲の空気を重くしてしまって、
周囲の人との壁が出来始める。
その私の態度が、周囲の空気を重くしてしまって、
周囲の人との壁が出来始める。
反対に、冗談で返して、周囲を笑わせたら、
結果は違ってくる。
結果は違ってくる。
イタリア人は、美男美女が多い。
でも、美しさ、可愛さは、人気にはつながらない。
でも、美しさ、可愛さは、人気にはつながらない。
個性がある人の周りに人が集まってくる。
面白い事に敏感なのだ。
よく、病気の人は笑え。嘘でも笑え。
そうすると免疫が高まる、というけど、
そんなの気持ち悪い。
そうすると免疫が高まる、というけど、
そんなの気持ち悪い。
笑いをマニュアル化して日課に組むより、
本当に笑えるようになるため、心が柔らかくなるためのポイントを考えた方がいいと思う。
本当に笑えるようになるため、心が柔らかくなるためのポイントを考えた方がいいと思う。
明るさ、笑い、パワーは、
日常生活で生じる、ちょっとしたハプニングにネタがあったりする。
日常生活で生じる、ちょっとしたハプニングにネタがあったりする。
今日の朝は、こんな事をぼ~っと考えてました・・・
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