« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月

2015年6月29日 (月)

ホットした

ホッとして、ちょっぴり涙

手術を終えたパトリッツォから、
「全て順調。これから、寝る」
と携帯にメッセージが入った。

彼は、あまり状況を説明してくれないから、
悪い方の想像力も膨らんでしまったけど、
今は、私の中の血液も、
嬉しそうに体内を巡っているのが分かる。

今朝、クララが電話で、

「キヨミ、一人の時は、私の家に来て頂戴。
 本当に、遠慮しないで。
 パリオ祭の日、もし、一人だったら、
 家で一緒にテレビを観よう。
 一人でいるのは、良くない。
 私も、一人でいる時期を過ごしたから分かるのよ。
 友達でしょ!」

と言ってくれた。

本当に遠慮しないで、絶対に、私のところに来て、
という台詞が、永遠に続いて、
なかなか電話が切れなかった。

嬉しかった。

でも、自分に元気がない時って、
なかなか、人を訪問する気にならない。

相手の家に、暗い空気を持ち込んでしまいそうだし、
訪問先で元気で振る舞う事に、
自分を余計に消耗してしまいそうだし・・・

結局、一人で家にいる事になるけど、
こういう時に、電話で、
クララのような事を言ってもらえると、
こんなに温かな気持ちになれるんだ! 
という事を実感した。

クララの声を聞いていた時、まるで、
隣にいて、肩を組まれているような温もりを感じた。

誰かに気にしてもらえる、って、嬉しい。

自分の成長を求めて目標に向うのも大事だけど、
電話や手紙で、相手の隣にいてあげられる、
そんな事を、日常に取り入れていきたいな。

今まで、そういう事、あまり してなかった・・・・

心に、そういう空間も保っておきたいから、
やっぱり、スローに、自分流に過ごそう、

って思った。


|

2015年6月21日 (日)

願い

夜の10時。

外が、藍色に染まった頃、
部屋の西と東の窓を開けて、
夜風の通路を敷いた。

ひんやりとした風は、湿った土の香りがして、
時々、菩提樹の甘酸っぱい香りが部屋を通り過ぎる。

私とティティちゃんは、ベットに横たわって、
ラジオから流れるオペラに浸かっている。

お腹も満たされて、
あとは、ゆっくりと眠りにつくだけ。

気分は解放されているはずなのに、
最近、どうしても、難民について考えてしまう。

難民キャンプで暮らすロヒンギャの民や、南イタリアのランペドゥーザ島に漂流するアフリカ人は、

「ただ、平和に暮らしたい。それを夢見ています」
と言っている。

悪いことをしていないのに、
囚われて、殺されてしまわないように
空腹に飢えて死んでしまわないように・・・

生き延びよう、と逃げてくる人が沢山いる。

イタリアでは、
毎日のように難民の話題がニュースで報道され、
擁護の意見と、受入れ拒否の意見が述べられている。

ハンガリーでは、移民の流入を阻止する為、
国境に高い壁を設置する計画がある。

「襲われる心配なく、安心して生活したい」

それだけの事。こんな素朴な日常を夢みて、
命がけで逃げてくる民が、
大切な人と安心して眠れますように。

お腹が満たされますように・・・

それだけの願いすら許されない、
という事になりませんように・・

|

2015年6月16日 (火)

とほほ

豪雨が窓から入り込んでいて、
買ったばかりのパソコンが濡れていた!

電源を入れても、起動してくれない。

こういう時は、決して電源を入れないで、
数日間 乾かすべき、という事を知らず、
何度も電源を入れて試してしまったから、
復旧できないかもしれない。

天気同様、私の気分もグレーにこもってしまったので、
パトリッツィオに電話をした。

「キヨミ、問題があるから、
 解決の感動と喜びを味わえるんだ!
 問題がない日々なんて、退屈だろ?」

パトリッツィオの隣で、
愛犬のモッラちゃんが吠えている。

1歳半のモッラちゃんは 最近とても賢くて、
車の後部席で、しゃべるような声を発してから、
くわえたボールを私達に向けて投げつける技を覚えた。

「モッラちゃん、頭いいから、
 私と話している事が分かっていて、
 遊ぼ! 遊ぼ! って言ってるのね。
 最近の彼女の表現力には 驚く!」

「そうさ。もうすぐ学校にあがるからな!
 読み書きを勉強するぞ!」とパトリッツィオ。

明日の朝、お互いの気分が合えば、会う約束をした。

「じゃあ、またね!」

「お~、またな! 
 パソコンにマフラでも巻いてやれよ!」

こんな会話をしているうちに、すっかり気分が晴れた。

パソコンが再起動してくれたら、乾杯!

そして、再起動してくれなかったら・・・

その先、何がどう展開していくのか、
私の単調な日常に課題が与えられたと思って、
どうせなら、楽しく取り組むしかないか!

気がつくと、大きな虹が出ている。

虹に向かって、沢山のお願いごとを唱えながら、散歩してきま~す!

Img_5904



 

|

2015年6月14日 (日)

ビアンキーニ先生

ビアンキーニ先生は、
いつもたっぷりと遅れて診療所にやってくる。

診療時間は9:00~12:00と書いてあるけど
先生が登場するのは、10時半頃だ。

杖をつきながら、ゆっくりと待合室を通り抜け、
自動販売機の珈琲を飲み、それからトイレに10分くらいこもってから、診察が始まる。

今年の2月、咳が止まらないので先生を訪ね、
症状を説明すると、吸入ステロイド薬を勧められた。

私は、ここ数年、
冬から春にかけて、咳が止まらない症状に悩んでいた。

日本に帰省した際、医者に診てもらっては
咳止めなど8種類の薬を処方してもらったけど、
全く改善しなかったのに、吸入式のテラピーを始めて
2週間ほど経った頃、咳が治まった。

診察室に入ると、先生は

「やぁ、君かい。どうしたんだい?」

という感じで迎えてくれる。

「先生、今度、ピアノ伴奏をするんですけど、
 風邪ひいた人とか、インフルエンザの病上がり
 ホヤホヤの人まで、会場に来る事になってて・・・
 そんな人からウイルスを貰わないには、
 どうしたらいいんでしょう?」

すると先生は、

「ほ~。そのコンサートは、いつ、あるんだい? 
 行けたら、行くよ。何を演奏するんだい? 」

と興味を示してくれてから、

「このタイミングで注射を打つことは出来ないから、
 総合ビタミンを飲むといいよ」と教えてくれた。

「先生、動物、好きですか?」

「ああ。大好きだよ」

「先生、咳喘息の人って、動物と暮らしたらいけない、
 ってネットに書いてあったんですけど、私の猫は
 家族だから、今更 離れる事が出来ないんです。
 猫と一緒に暮らしていても、問題ないですよね?!」

「ああ。大丈夫だよ」

私を、「患者」として診る以前に、「一人の人間」
として話を聴いてくれるビアンキーニ先生は、
まるで親身に相談に乗ってくれる担任の先生のようだ。

そんな先生が大好きだから、
どんなに先生が遅く現れようが、
本を読みながら、待合室でノンビリと過ごす。

今回は、定期健診のため 先生を訪ねた。

検診の予約には
ホームドクターが発行する診断書が必要になる。

診療所に入って、ビアンキーニ先生の順番カードを探したけど、見当たらない。

何度探しても見当たらず、診療時間割りを見ても、
先生の名前が掲載されていない。

「参ったな・・・」

受付に行き

「ビアンキーニ先生は、
今日は、いらっしゃらないのですか?」

と訪ねると、受付の女性から返事が戻ってこないので、
私のイタリア語の発音が悪かったかな?と思い、

「ビアンキーニ先生、
今日はどちらにいらっしゃいますか? 
ビアンキーニ先生」と訪ねると、

「先生は、御亡くなりになりました」

と押殺したような声が届いた。

私はキョトンとしてしまった。

そして「先生、お亡くなりになられたのですか?」
と問いなおしてみたら、

「先生は、御亡くなりになりました」
と同じトーンで女性は答えた。

私はそれ以上 何も聞けず、喉を詰まらせて診療所を出た。

2月に先生を訪れてから2か月後、
先生は天国に旅立ってしまった。

社会では、人それぞれが様々な役割を持って、
その役目を果たしながら、コミュニケーションを図る。

時に、どんなに沢山の人とコミュニケーションを図っても、笑顔で清々しく接しているとしても、技能や役割だけを見られているかもしれない。

ビアンキーニ先生は、
私の目をみて、じ~っと耳を傾け、
しっかりと頷いてくれたり、笑ってくれたり・・・

しっかりと私と向き合ってくれた分、
ノスタルジーが深くて、あの日の先生の声が、
今も尚、はっきりと生きている・・・


|

2015年6月 7日 (日)

オペラは娯楽

声楽を学ぶ中国人留学生、フィオレッラちゃんの
ピアノ伴奏をしながら、私も沢山の事を学んでいる。

「テクニックだけ覚えても、ダメ! 
 歌詞をよく理解して、気持を込めて歌わないと
 審査で落とされるわよ!」

クララのレッスンには、
音階と言葉を理解して臨む必要がある。

今、練習中のうちの1曲は、Pergolesi作曲
La serva padrona の中の「 Stizzoso mio stizzoso」

セルピーナが、主人に向かって、
「お黙りッ!」と歌うシーン。

私は、この曲に出会ってから、
パトリッツィオとの会話で、気に障る事があったら、
この曲を口ずさむようになった。

オペラって、娯楽なんだ! 

以前より、
もっとオペラを楽しんでいる今日この頃です!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「Stizzoso mio stizzoso」の歌詞の解釈は、
こんな感じです

怒りんぼさん、私の怒りんぼさん、
高慢ちきね、
でも、ダメ! 何の役にも立たないわ
私が禁止する事に従う事!
黙って! 喋っちゃダメよ!
シーッ! シーッ!
セルピーナは、そうして欲しいの!
シーッ! シーッ!
セルピーナは、そうして欲しいの!
私の言ってる事、理解できるわね?

|

夕暮れ後の御近所さん

丘の向こうにあるピッツェリアからの帰り途は、
鹿たちの歩行者天国が始まりかけていた。

車を見て、一目散に逃げる赤毛をした若い鹿、
そっと茂みに身を隠す鹿、

そして、中には

「動かない、動かない! 私は木なんだから!」

と、瞬きひとつせず、じーっとしている鹿もいる

同じ大地に生きるお隣さん達、
Buona festa! (よい宴を!)

Img_5772

Img_5788

Img_5789

Img_5771


|

2015年6月 1日 (月)

パスタと、村の子供たち

7月~8月にはヴァカンスでシエナを離れる人が多いせいか、5月~6月には、小さな村単位で 食にまつわる祭りが開催される。

昨日は、パスタ祭りに行った。

9ユーロを支払うと、
18種類のパスタのうち、3種類が選べる。

20周年を迎えるだけあって、
現場の仕切りもテキパキしていた。

私たちのテーブルを担当してくれたのは、
小学生の少年だった。

他にも沢山の小学生が働いていて、
彼らは自分達の仕事をよく理解し、
出来あがってくるパスタを待ち受けては、
テーブルまで急ぎ足でお皿を運ぶ。

一つのテーブルに、沢山のお皿を同時に運ばなければならない時は、小学生同士で声をかけあって、手際良く運んでいる。

祭りの関係者は、小学生のウエイターに対して、
大人同様に指図をし、また、テーブル席の御客は、
「子供なのに、偉いな~!」と褒める事もなく、
子供たちもの眼差しも、真剣だった。

22時になると、バンドの演奏が始まり、
19時半から働く小学生達は、
仕事から開放され、演奏を聴いている。

22時を過ぎているけど、バンドの前では、
2歳くらいの子供たちが走り回り、大人たちは、
子供に目をやりながらも、
大人同士の会話に没頭している。

子供たちを過剰に守る事なく、
過剰に褒める事もない光景。

子供たちが、大人の世界に食い付いている姿。

いつもだったら、お喋りしながらパスタを食べるけど、
この日は、小学生スタッフと、彼らを見守る青年スタッフ達の動き、会場のオーガナイズの観察が面白くて、キョロキョロしながらパスタを頬張った。

パトリッツィオは、そんな私を眺めながら、

「昔、この祭りに一度来たけど、
 パスタの味が良くなってる!
 きっと、一緒に食べている人によるんだな!」

なんて言ってくれる。

こんな粋な台詞、何処で覚えたんだろう?

パスタにパルミジャーノチーズをふりかけるように、
彼の一言は、ぐっと時間を美味しくしてくれる。

小さな村社会で、
子供たちが逞しく成長する秘訣を垣間見れた
貴重な経験でした。

Img_5682

Img_5482

Img_5652

Img_5650

Img_5659

Img_5660_2


|

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »