クララから電話がかかってきた。
「キヨミ、カルロ氏の息子と連絡がとれないかしら?
せめて、息子に登場してもらわないと・・・」
カルロ氏とは、ブルネロの作り手のオーナーで、
世界のワインファンにはちょっと知られた人物だ。
クラシック音楽の愛好者で、
こと、モーツァルトが大好きな彼は、
1日中、葡萄畑にモーツァルトを聴かせている。
最初は、彼の遊び心で取り組んだことだけど、
スピーカーのBOSE社が彼に共鳴し、
今では良質のスピーカーが葡萄畑を囲んでいる。
モーツァルトが流れる畑では鳥がさえずり、
遠くに羊の姿があり、
楽園のような光景が広がっている。
そんな畑に、ソプラノ歌手であり、これまで沢山の
クラシックコンサートをシエナでオーガナイズしてきた
クララを連れて行ったのは、昨年の1月2日。
クララとカルロ氏は意気投合し、
「是非、一緒にコンサートをしましょう!」
と厚く挨拶を交わした。
少し前まで、シエナでは、市や銀行からの助成金で
コンサートが成りたっていたが、
この不況で市営の施設も閉鎖に追い込まれていく中、
コンサートの企画はかなり難しい。
その中で、クララは会場を見つけ、参加者を集い、
いよいよ、翌日にコンサートが行われる。
演目は、全てモーツァアルト。
プログラムでは、13歳の少女が、
モーツァルトが初めて書いたとされるメヌエットを奏で、その旋律に合わせ、子供たちがダンスを披露する。
そして、ドンジョバンニ、フィガロの結婚、
コシ・ファン・トゥッテなどのアリアが歌われるが、
メインは「魔笛」。
カルロ氏が手掛けるワインの中に、
「魔笛」と名付けられたブルネロがある。
一級畑で育った葡萄のみを使用して作られた格別なブルネロで、ラベルには、魔笛のオペラシーンが描かれている。
コンサートでは、カルロ氏にも登場してもらい、
モーツァルトの音楽とワインなど、
彼の心に抱く世界を語ってもらう事になっている。
そして、魔笛のアリアに合わせて、
葡萄の葉の飾りを付けた子供たちがダンスをする。
しかし数日前、カルロ氏から
「インフルエンザにかかって、行けないかもしれない」
と連絡がはいり、
コンサート前日になっても連絡が入らず、
クララは心配を隠せずに電話をかけてきた。
「クララ、今から息子のウリッセに電話をしてみるわ。
そして、また折り返すわね・・・」
ウリッセの携帯に連絡を入れると、
留守電になっていた。
そこで私は、
この農園のエノロゴ(醸造担当者)に連絡を入れ、
明日のコンサートについて説明をした。
「21日はブルネロの試飲会があって、
モンタルチーノの村には
世界からジャーナリストや関係者が集まる日なんだ。
カルロが病気なので、その代りに、
息子のウリッセが対応しなければならない。
だから、ウリッセがシエナに行く事は
出来ないと思いますよ」
「そうですか・・・
なら、あなたが来てくれる事は出来ますか?」
「私も忙しくて・・・
すみません、お役に立てなくて」
その後、事務所の女性とも話をし、畑で働く誰かしらに来てもらえないかどうか?お願いしてみたが、答えは「NO」だった。
予想通りの答えだった。
ブルネロの試飲会とコンサートの日がバッティングしている事自体、致命的だ。
「クララ、結果から言うわね。無理みたい。
息子のウリッセも仕事の都合で来れないらしい。
その他、農園に携わる人も無理・・・
私ね、昔 カルロ氏が畑を説明してくれた時、
その様子をビデオに撮ったの。この映像を会場で流す、っていうのはどうかしら?」
「そうね。それも出来るかどうか、やってみましょう。
そして、最後には、私が説明をするわ」
クララは、お酒が飲めない体質で、
ワインの事は全く知らない。
明日のコンサートに控え、やる事が沢山ある中、
彼女が、ワインの説明をする、と言い切った。
この時私は、クララの強さに、
更なる奥深さがある事を知った。
コンピュータに向かい、ビデオをROMにコピーしていると、息子のウリッセから電話がかかってきた。
「キヨミ、元気?」
「元気よ! 今、モンタルチーノは忙しい時期ね。
醸造者から聞いたわ。
無理を承知でのお願いなんだけど、明日、あなたが
シエナに来てくれる事、出来ないかしら?
本来だったら、あなたのお父さん、
カルロが来てくれるはずだったんだけど・・・」
「ちょっと待って。
父は明日、コンサートに参加するつもりでいるよ」
「えッ? それ、本当?」
「ああ。さっきのランチでも、そう言ってた」
私はかなり動揺して、その答えを封じ込めたかった。
「クララはたった今、心配して電話をしてきたの。
クララの電話番号を言うから、
直ぐ彼女に連絡を入れて頂戴!」
それから10分が経ち、
クララからも電話がかかってきた。
「キヨミ~ 全て解決!
じゃ、後でリハーサルで会いましょう!
ハ~ハ~ハ~!(笑)」
カルロ氏はまだ体調が回復していないのに、
コンサートに出てくれる。
これもまた凄い!
体調が優れなくても動くバイタリティーや、
クララのように、
「最後は自分で、何とかする」
と腹をくくる様子を見ていたら、
私にも元気が湧いてきた。
「当日、緊張して指が動かなかったらどうしよう
怖い」
という臆病な空気が薄らいだ。
私も、乗り込みま~す!




