不格好だけど、美味しい味
「キヨミ~、居るの~?」
隣に住むロベルトが窓ガラスを叩いている。
「さっきアルドがノックした時、キヨミは不在だったね。はい、これ。アルドから」
アルドとは、私のアパートの大家さん。
じっとしている事が出来ない性分で、
家電の店を経営しながら、暇が出来ると
草刈りをしたり、門のペンキを塗ったり、
猟犬の面倒をみたりしている。
家庭菜園も、アルドの生活の一部。
奥さんのアンナは、
「あんなに働く男、そういないわ!」と誇らしげで、
彼女のかかあ天下ぶりからして、その昔、
アルドは色々な女にも忙しく尽くしていた様子が想像できる。
ロベルトは私に、
大きくて真っ赤なトマトが乗った皿を差し出した。
「ワ~オ! Grazie!」
翌朝、外にでるとアルドがいた。
「アルド~、ありがとう!
あのトマト、美味しいわね~
まるでスイカみたいに甘いわ!」
すると、普段から威勢の良いアルドの声は更に弾んだ。
「そうだろ!
熟れるまで、そこの畑になってたんだ。
青い状態で出荷され、店に並ぶのとは違うんだぞ!
孫のエリーザなんて、
“お爺ちゃん、トマトが食べたい!”
ってはしゃいでるよ!」
私は、幼少の頃を思い出した。
田舎を訪れると、
手ぬぐいを首にひっかけたお爺ちゃんは
「きび、食べなせ!」と言って、
茹立てのとうもろこしをザルに乗せて出してくれた。
歯並びの悪く、肉厚のトウモロコシに塩をふりかけながら、私達兄弟は、はしゃいで食べた。
あの頃のお爺ちゃんのトウモロコシにも、
アルドがくれる果物やトマトにも、
時々、虫が見つかる。
この前、キアナ牛の牧場で友達とバーベキューをしていたら、農園のオーナー、マリオがテーブルにトマトを置いた。
「今、もいだトマトだよ!」
友達H子は、丸ごと出されたトマトを手で掴むと、
「トマトは、こうやって食べんのよ~!」と言って、
ワイルドにかぶりついた。
私は「あ~ぁ、虫がいたら、どうすんの!?」
と言って笑った。
ここはキアナ牛が美味し隠れ家なのに、
トマトの美味しさにも軍配があがった。
食材への拘りは、
嬉しい事に、自然環境保護にも連携している。
〈作り手が見える野菜は安心〉とか、
〈無農薬は体に良い〉とか言われているけど
私の場合は、そういうロジカルな観点以上に、
《あの時の味が、一緒に過ごした人や、
楽しかった普段着の光景を思い出させてくれるから》
という理由で親しんでいるような気がする。
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