今
海に行く途中、
見知らぬ街のバールに立ち寄り、朝食をとった。
「ごめんなさいね。今はこれだけしか残ってないの」
一人で沢山のお客をさばき 忙しいにも関わらず、
店の女性は、気持ちを込めて申し訳なさそうに言った。
「じゃあ、俺はチョコレートのコルネット」
「私は、インテグラーレのナッツのパンにするわ。
そして、カプチーノを2つください」
店の女性は、ショーウインドウからパンをとると、
まずは、パトリッツィオに渡した。
「あらっ、ゴメンなさい!
本当は女性のほうから渡さなければならないのにね」
「あ~、そんなのいいんです」
そして、カプチーノには、
チョコレートでト音記号を描いてくれた。
通常、朝のバールには男性客が多いが、
ここは女性客で賑わっている。
「最高に親切なバールだな!」
「本当! イタリアでNo 1だわ!」
私達は、お店の空気までも じっくりと味わい、
海に行く時には必ずこのバールに立ち寄る事を決めた。
海に到着すると、駐車場係の若い青年が、
「ボンジョ~ルノ、Ragazzi(ラガッツィ) !」
と挨拶してくる。
Ragazziとは、青少年をさす言葉。
「俺たちに向かって、Ragazziだなんて、嬉しいな!」
とパトリッツィオ。
朝の海はヒンヤリしているけど透明度が高くて美しい。
午後4時を過ぎると、それまでブルーのビー玉のように輝いていた海は銀色へと変わり、その姿にうっとりと心を奪われた。
私は基本的に悲観主義者で、
限界の影を薄らと感じながら生きている。
この素晴らしい海の色は、この瞬間であって、いつもとは限らないし、此処にいつも来れるとも限らない。
私がいつも健康とは限らないし、
パトリッツィオがいつも居てくれるとも限らない・・・
限定期間の中で、今を捉えるから、
全身で「今」を感じたい。
帰りの車の中では、
今日の幸せのボリュームが多すぎて、心におさまらず、
涙となって零れて落ちた。
時々、感性の波が高まると、こういう現象になる。
それを承知のパトリッツィオは、私の膝を軽く撫で、
なんとも穏やかな顔で、運転を続けた。
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