人生の堆肥
「やっぱり、今日も終わってない・・・・」
この秋に立ち上げる「通販」の打ち合わせを終えると、
シエナの総合病院に向かいました。
「ペッチャリーニ先生にお会いしたいのですが・・・」
以前、内視鏡の検査を担当してくれた先生が、
「また、何かあったら、いらっしゃい」と言ってくれた言葉を思い出し、検査のあったフロアの看護婦に尋ねました。
「この階ではなくて、別の階ですよ」
指示される場所に移動し、また看護婦に質問してみる。
「先生なら、別の病棟よ」・・・
「今朝、見かけたわね、3階よ」・・・・
「医局よ」・・・
病院のエレベータと長い廊下を歩き続けること30分。
(この方法では、無理だ)と判断し、
総合受付に尋ねることにしました。
「すみません。ペッチャリーニ先生にお会いしたいのです。先日、この検査に立ち会っていただいた先生に」
検査結果の資料を提示すると、受付の女性は、
「あら、あなた、アクアボッラの人ね」と言ってデスクから立ち上がり、「ちょっと、彼女をアテンドしてくるわ」と同僚に声をかけ、一緒に歩いてくれました。
「私は、リッラよ。アクアボッラの近くに住んでるから、あなたの事、知ってるわ。ところで、どうしたの?」
「私、今までの検査で子宮筋腫が大きいことは分かってるんです。先生は、様子を見ましょう、と仰ってくれました。でも、今回、そのせいで多血が2週間も続いて・・・。この状況を止めたいのと、筋腫を取る手術について伺いたいと思って来てみたんですけど、飛び込みだと総合病院って、難しいですね・・・」
リッラはとてもハキハキとした女性で、産婦人科病棟の、一般の人は入り込んではいけないような部屋に顔をのぞかせて質問をしてくれました。
2度目に質問をした看護婦から、ペッチャリーニ先生はバカンスで8月7日まで不在ということを知らされ、
そして3度目の看護婦からは、
「手術を希望するなら、予め手術の日を予約をしておくべきね。どうせ、1カ月は待たされるんだから。それから先生に相談すればいいのよ。手術の前日に、キャンセルしてもいいんだから・・・」
そうアドバイスを受け、手術の予約をしにいくと、
今度は、「先生の指示がないと、台帳に書き込めない」と言われる始末。
婦長を前に、リッラは怒りを発します。
「予約だけでも入れた方がいい、と指示を受け、ここに来たのよ。指示をした階に電話を入れ、内部で情報を統一して下さい。もう、私達があちこち行く必要はないわ」
結局、主治医の紹介がないと、総合病院とのコンタクトは難しい、ということになり、出直すことにしました。
「リッラ、私のために声を張り上げてくれてありがとう」
「なんてこと、無いわよ。15年間、この病院で働く私ですら振り回されるのよ。あなたなら、尚更、苦労するわ・・・・」
リッラは、長い廊下を歩きながら、彼女の人生の一端を語ってくれました。
「私、昔はマーケットを出してたのよ。
モッツァレラチーズの」
「もしかして、魚屋の隣に位置しているところ?
私、あそこで良く買うわよ!」
「そう、美味しいはずよ!私が仕入れ先を見つけたんだもの!あの店の男は元亭主。外国人女性を妊娠させてから、彼女と家庭を作ったわ。で、私は女手一つで4人の子を育てたってわけ。今だから、笑って言えるけどね・・・息子はアメリカの大学で勉強中。次男をこの前、家から追い出したわ。国の援助で、アパートの補助金が出たの。補助金は、私がもらってるわ。そのことを息子は知らずに暮らしてるの。生活費がいくらかかるか、これも社会勉強よ・・・」と小声で言っては、クスっと笑った。
「リッラ、あなたは、十分すぎるほどに私に時間を費やしてくれたわ。本当にありがとう」
「当然の義務よ!キヨミ、コーヒー、飲みたい?なんなら、食堂でおごるわよ!」
「ノー、ノー!とんでもない!今日、私が病院に来た意味が分かったわ。先生に合うためではなく、あなたと知り合うためだったのね。こういう寄り道は、私の頭で考える範囲を超えた道に導いてくれるから、面白い」
「そうね。でも、人生、あちこち振り回されると、疲れて怒りたくもなる」
「時間しだいかな?時間に余裕がないと、確かに切羽詰まるわね」
私達は、次回、近くのバールでお茶をする約束をして別れました。
総合病院に出直すにあたり、本来だったら、主治医のボルギ女医を訪れなければならないのですが、彼女は何故か、とても冷たい。私が症状を説明する最中も、挨拶の時も、机の上の資料に視線を反らしたままで、目を合わせようともしてくれません。
だから、以前、保健所の通知を受け、子宮頸部細胞診をしてくれたアントネッラ女医に電話をしてみました。
「あら、久しぶり!その後、元気?」との応対に一安心。
明日の朝一番で、話を聞いてくれるとのこと。
自分が困った立場に陥ると、
今までとは違った視点で、人が見えてくる。
その時の感謝の気持ちは、とても純粋で、
大人として成熟するためには必要なことに思える。
無農薬オリーブのファンチュッリ農園が、
畑に堆肥をまいていることを思い出しました。
家畜の糞が肥料になる。
人生に起こる問題って、糞のようなものかもしれない。
糞で耕された人生の土壌に、健全な実が成りますように!
そう願う今日この頃です。
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