入院編2 「トイレ」
「すみませーん」
もう我慢できない。そろそろ、すっきりしたい。
思い切って、
スタッフのいる事務に向かって声を発してみた。
「どうしたんですか?」
研修生らしき若い女性が顔をのぞかせた。
「御トイレにいきたんですけど」
すると彼女は
ベット脇にある塵トリのような容器を差し出し、
「はい、これを使ってください」と言って、
私の腰の下に据え、部屋を出て行った。
躊躇しながらも用を足し、
「すみませーん!」と声をあげても、
今度は誰も来てくれない。
左腕には点滴のチューブがあるし、ベットは高いし・・・
集中し、容器から液体がこぼれて面倒くさいことにならないよう、それを床に置いた。
(また、女性が通りかかったら、声をかければいいわ・・・)
用が無い時には、沢山人がいるくせに、
用を頼みたい時になると、今度は、誰もいない。
暫くしてから、不意に若い男性が入ってきた。
「どうですか?様子は」
彼の姿に慌ててしまい、
「あっ、ちょっと、入らないで・・・
その~、御トイレ済ませたんですけど・・・」
恥ずかしいけど、しょうがない。
看護師は、ほんの少し顔色を変えて、容器を手に取り、
部屋を出て行った。
(あ~、トイレが問題ね・・・・)
脳のスキャンを終え、病室があてがわれ、
夕方になると、またトイレに行きたくなった。
部屋に入ってきた年配の看護婦さんに声をかけてみる。
「すみません、トイレに行っていいですか?」
「ダメダメ!まだ動いちゃダメよ。はい、これ」
また、例の容器だ・・・
彼女は慣れた手つきで私のパジャマを下げ、
鼻歌を歌いながら容器に手をかけ、その場で待っている。
「ありがとうございます」
「なんでも、ないわよ!」
曲になってないような鼻歌を歌い続けながら
部屋の点検を済ませると、彼女は隣の部屋に向かった。
その後も、彼女は「もうそろそろ、御トイレ、どう?」
と部屋を訪ねてくれる。鼻歌を歌いながら。
自分が頼みづらいことを、相手から切り出してくれる、ということは、どんなに有難いことか!
鼻歌を歌い「なんでもないわよ!」と言って、人と接する、
この事を、年配の看護婦さんから学んだ、今日この頃です。
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