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2011年8月19日 (金)

文化遺産 シエナのパリオについて(1)

Ciao ciao !

シエナのキヨミです。

トスカーナ州にあるシエナは、
歴史地区として文化遺産に登録された魅力満載の街。

この街で繰り広げられる生活模様を綴ってきましたが、
折角ですので、シエナの歴史にも触れてみましょう。

「パリオ祭」の御紹介です。

(このブログページをご覧になる前に、
8月17日掲載の画像を一度ご覧ください)

核家族化とか、
「隣近所に住む人を知らない」とか、
「外で駆け回る子供を見かけなくなった」 とか・・・・

昭和から平成にかけ、変わりゆく社会模様を嘆く声もすっかりと消えうせた今日この頃。

人間関係の煩わしさを脱ぎ捨てたものの、
孤独をまとい、コミュニケーションの欠乏から、
他人との接触を敏感にとらえてしまうこともしばしば。

一方、こちらシエナの街では、

子供達が声を張り上げながら外を駆け回り、
孫はお爺ちゃんの話に耳を傾け、
道端で出会ったご近所さんと、たわいのない世間話をするうちに時間が過ぎていく・・・・

そんな生活スタイルが今も健在で、
これからも継承されていきます。

なぜなら、シエナにはコントラーダ(地区)が存在するから。

小さなシエナの街は、17のコントラーダ(地区)に区切られ、誰もが、「我がコントラーダがNo 1」と信じて疑いません。

この自負は、シエナで年2回、7月2日と8月16日に行われるパリオ祭で培われていきます。

さて、コントラーダについて、もう少し説明をしてみましょう。

各コントラーダ(地区)ごとに、教会と集会所があり、
年を通じて、コントラーダ同士の食事会や催し物が行われます。

各コントラーダには、「プリオーレ」と呼ばれる代表、
「カマルレンゴ」と呼ばれる経理担当、
「ノビッツィ」といわれる運営企画担当、
そして「カピターノ」と呼ばれる、パリオのレースをしきる担当がいます。

このカピターノは、1年かけてコントラーダの住民から徴収したお金をレースで遣いきります。

他のコントラーダに対抗することで、同志の結束が高まる故、敵対するコントラーダが優勝しないよう、
騎士を操作するためにもお金が費やされるのです。

よりお金をつぎ込むことによって優勝への諸条件を整えることができ、それがコントラーダの冨につながっていく。

中世から継承され続けてきたパリオ祭は、
他の催し物に見られる、『築き上げようと企画されたもの』ではなく、人々の生活習慣によって守られているのです。

7月に行われたパリオ祭で
予行走行中にあるコントラーダの馬が転倒し、
支柱にぶつかって亡くなった時のこと、

「(騎士なんかよりも) どうして馬が助からなかったのか・・・」と呟く老婆がいました。

コントラーダの教会で洗礼を受けてから、コントラーダの布をまとって旅立つまで、一生、コントラーダに忠誠を尽くす民にしか分からない伝統行事、パリオ祭。

パリオ祭当日は、各コントラーダの魂を宿った馬がカンポ広場で優勝を競い合います。

神聖なパリオの馬。

次回は、この馬について、
興味深いエピソードをお教えしましょう。

では、また!

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