今日は
ティティです。
「ちょっとパトリッツィオ、聴いて頂戴よ!またダリオの奴がね・・・」
1階のバールでkiyomiさんが大声をあげているところへ、エルミニオが現れました。
「あら~、久しぶり!」
「お~、エルミニオ!」
パトリッツィオも思わず歓喜をあげます。
「レストランって、いつもこんな感じに罵声が飛び交っちゃって、いや~ね~。気にしないでね。
何がいい?珈琲、それともワイン?」
憤慨シーンに出くわし困惑気味のエルミニオに、思いっきり平常心を装いkiyomiさんは尋ねます。
「ビールくれる?」
「はい、お待ち!ちょっと待っててね。厨房に行って、
仕込の鍋の火を弱めてくる。直に降りてくるから!」
2年前から、インド人の彼女を連れてアクアボッラによく食事に来たエルミニオ。
kyomiさんは初めて彼女を見たときから意気投合し、
彼らのテーブルについてはお喋りを楽しんでいました。
しかし、この春から突然姿を見せなくなった二人。
心配している矢先に、ひょっこり、彼一人、夕方に姿を現します。
「ところで、彼女は?」
「振ったんだ」
「えっ?」
「彼女の家に訪れた時、他の男がいた。
それからというもの、20日は眠れなくてね。
カウンセリングに通ってるよ。立ち直れないんだ」
そのインド女性には、若くして産んだ2人の子供がいます。インドで生活を送る息子と両親を養うためにイタリアから送金する彼女。
「俺、シエナからマルケまで、遠い道のりを毎日のように通ったよ。
彼女、問題を山積みに抱えているから、誰かが側にいてあげなければ潰れてしまう。
シエナに呼び寄せたいけど、結局、今の仕事を手放すのが惜しくて、遠距離恋愛をせざるを得なかったんだ。
それに彼女、腰とか、肩とか、健康上にも問題を抱えてただろ?この春、手術して、俺、ずっと病院に通ってたんだ。
中古車も買い与えたし、毎月インドに送金してた。
今年、彼女の弟がシエナにやってきたんだよ。
その飛行機代も出してやったし、仕事も世話してあげてる。それなのに・・・・」
エルミニオがどんなに彼女に尽くしてきたか、という話が続きますが、彼女への悪口は一言も出ません。
「今日も、彼女は電話してきたよ。不倫が発覚した10日後には、(あの彼は、実は横暴だったわ・・・)とかなんとか言ってる。まだ、早いだろ?俺は彼女を受け入れられない」
「彼女、一人で問題を抱えて大変ね。
でも、結局、彼女にまだ惚れているんでしょ?
頭でぐるぐる考えていないで、会いにいったら?」
とkiyomiさん。
すると、「それは違う!」
パトリッツィオが声を張り上げます。
「彼女のほうが問題を展開したんだ。
彼女が繕うべきだよ。
そして、もっと、エルミニオが今までしてくれたことへの恩恵を噛み締めるべきだ。
彼女はエルミニオに似合っている、と思ってた。
しかし、彼女は、はっきりさせるべきだな。
もし、エルミニオの事を利用しているんだったら、他の男を捜すべきだ」
「私ね、猫の家に通っているんだけど、そこに8匹の猫が預けられているの。
飼い主はパスクワリーナっていう南イタリアの女性。
マッサージ師の仕事をしているんだけど、収入がなくてね。小さな倉庫でギリギリの生活をしているのよ。
この先、猫を施設から引き取って生活が出来るように、警察や市役所に自らが出向き、援助を求めているの。
今は裁判官の判決待ちで、上手く運べば来年の2月には市から小さなアパートが特別な家賃で与えられるかもしれない。
男に頼らないで、一人で動いている姿は偉いと思う。
私、問題を抱えた女が、男に頼りながら生きるのって、好きじゃないな。
それに、パスクワリーナが抱える猫ね、好き勝手に飼っているわけじゃないのよ。
どういう訳か、瀕死状態や、道端で捨てられた子猫が目に付いて、家に持ってきてしまうの。盲目のペルシャ猫を特に可愛がってるわ」
「kiyomi、インド人の彼女はまさしく僕の猫ちゃん。
一度見てしまったら、放っておけないんだ・・・」
「なるほどね・・・」
シエナの郷土菓子の営業をしている彼。
不況で観光客が減り、商品の注文が少なく疲労困憊の毎日を送りますが、彼の頭の中には、絶えず、彼女の抱える問題リストがありました。
それらの解決に向けて、動き回るリズムが彼にある種の躍動感を与え、問題を解決すると、「やれやれ~!」 という開放感を味わう。そして、彼女からの感謝を浴び、「俺って、偉い!」と自己自信がみなぎったことでしょう。
「彼女には問題が山積みだけど、俺は問題を抱えていない。俺は彼女に迷惑をかけてないんだ。
それなのに・・・・」
一人息子のエルミニオ。43歳。
一人、一軒家に住み、休日は趣味のバンド活動に精を出し、問題なく暮らしてきました。
しかし、青春時代はとうに過ぎ去り、社会生活に物足りなさを感じながらも、不況の雲に包まれながら暮らす矢先、インドから来た女性が現れ、彼の生活に変化をもたらしたのです。
頭では彼女を拒みつつ、心は彼女を想う彼。
さて、お客様が入店してきました。
夜の営業スタートです。
「彼女トリッパ゚が好きだったわね。いつでも仕込んでおくから」
彼にそう声をかけると、kiyomiさんは厨房へと立ち去ります。
必要なものは何でも手に入れてきた経済大国は老人大国へと変わりつつある。
そして、貧しい環境で生活する国の人たちが、そんな国に出稼ぎに来ている。
エルミニオのように、表面的には移民を支援しているようで、内面的には、経済大国側(老人大国)が、移民の人生模様を通じて、生き甲斐を感じている。
グローバル化とは、世界流通の合理化を意味する経済用語だと思っていましたが、こんな身近な日常にもそれが見受けられるんだな!
また一歩、世界を垣間見た今日この頃です。