オヤジの漁師鍋
今日は
ティティです。
今日、アクアボッラの厨房に立つのは
パトリッツィオの悪友、ガブリエーレ。
歯もない、髪の毛も薄い、お金もない親父さんですが、哲学と浪漫を身にまとった自由人です。
「本来、魚は海水で洗いたいところだが無いもんはしょうがねえ」
〈海水ね~、衛生的にいいのかしら?〉と思いつつ、
余計なことを口にすると面倒臭そうなので黙って彼を観察するkiyomiさん。
「こうやってパセリとニンニク、セロリそして玉ねぎをみじん切りにするんだ。間違ってもミキサーなんかにかけちゃ、いけネエよ。旨みが水分となって逃げちまう」
下ごしらえのソフリットを刻む彼の傍らで、
kiyomiさんはお鍋にバージンオイルを注ぎます。
「オイオイ、初めから鍋にオイルはひかねえョ。
まずは野菜をおいて、暫くしてからその旨みを閉じ込めるようにオイルを上から垂らしてくんだよ」
この日、彼が作っているのは
リボルノの郷土料理「カチュッコ」。
タコとイカから抽出されるコク、海老の甘み、アサリやムール貝の磯の風味に白身魚のブイヨンがたっぷりと加わり、それをトマトの酸味と唐辛子が引き締める、
ボリュームたっぷりの漁師鍋です。
「昔料理してた頃は、人様の倍働いてもちっとも儲からねえ。でもよォ、料理作って、お客と一緒に歌って盛り上る。それで良かったんだよ」
赤ワインをチビチビ飲みなが鍋をかき回すガブリエーレはすっかり料理人の顔つきです。
「厨房ではイライラは禁物だぞ。
一度、イラついた野郎が包丁投げつけやがって、
俺の耳の脇ギリギリを飛んだことがあった」
「包丁投げつけるなんて危ないわね~」
と驚くkiyomiさん。
「そうだよ、包丁は危ないよ。Kiyomiが今まで僕に投げつけたのは、グラスとフライパン」
とダリオ君が口を挟みます。
「そうだろ~、厨房は気を狂わすんだよ。お前も気をつけろよ」
夜の8時半。
招待客がテーブルに着き、
さっきまで粋の良かった厨房オヤジが照れくさそうにカチュッコを運びます。
「旨い!」「美味しい!」
と飛び交う感想にすっかり気をよくしたガブリエーレ。
ギターを片手に奥さんの前に膝まずいては、愛唱歌を捧げます。
「こんな旦那がいて幸せね。家の修理はお手の物。
料理も旨いし、歌まで捧げてくれるんだから」
とkiyomiさんが囁くと、
「あらゆる女性にこの手を使ってるのよ」
と悪戯そうに皮肉る奥さんのティーナ。
すると、彼女のセリフを肯定するかのように、
「コイツ、他の女を歌で口説くなんてことしない、しない!」
と、パトリッツィオが大袈裟に弁解します。
「いいのよ。だって、私にしか効果がないみたいだから!」
その後、ガブリエーレのギターとkiyomiさんのピアノのセッション、そしてスペイン人アンナによる笑顔のフラメンコなど楽しい宴が続きます。
ふと、数日前にパトリッツィオと交わしたこんな会話を思い出しました。
「ねえ、暖かくなったら海に行って、超有名なレストランでランチするのってどう?その後、一流ホテルの敷地内の砂浜でパラソルを借りてリッチな一時を楽しむの!」
「美味しいレストランで食べるのは賛成。でも、お金を遣して優越感を味わうのは、俺にとって興味がないことなんだ」
幸せは、捜し求めに行くものではなく、自然についてくるもの。
色々な魚介類が混じったカチュッコ同様、色々な人の持ち味が一つのテーブルに混じりあう、そんな美味しい出汁の効いた時間を満喫したアクアボッラの一夜でした。
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