2016年8月21日 (日)

お塩を持ち歩きます!

この時期は屋外で過ごしたり、
窓を開けっ放しにしているから、
手足を蚊に刺される。

数日前に刺された箇所が、また痒みだしたから、
そこにあら塩を乗せて、揉みこむようにさすったら、
すぐに痒みが引いた!

もっと早くからこの方法を知っておけば、
掻いた跡が残らなくて済んだのに~!

虫よけスプレーはべたつくし有毒性だから、
あまり頻繁には使いたくない。

蚊がいる季節は、お塩に頼ろう!

外出時も、チャック付きの小さなビニールに入れて、
持ち歩きます!

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2016年8月20日 (土)

今年のトマト

外出から戻ると、中庭に大家のアルドおじさんがいた。

「チャオ、アルド!」

「オ~、キヨミ。
 トマトなんだがな、今年は育たんのだよ」

2週間ほど前に、
「アルド菜園のトマトが成ったら、頂戴ね!」と、
挨拶がてらに交わした言葉を覚えてくれていた。

「それだったら、あなたの家で食べて頂戴。
 私は間に合ってるから、気にしないで!」

するとアルドおじさんは、
「ちょっと、来てくれ」と菜園に手招きした。

どうやったら、こんなトマトが作れるんだろう?

どれも不格好だ。

シエナには
「ブルッティ マ ブォーニ 不細工だが旨い」
という名のお菓子がある。

この菜園のトマトたちも、外見は既に味わいがある。

「これ、もってきな。
 火曜日、いや、水曜日頃に食べるといい」

「ありがとう! 遠慮なく頂くわ!」

美味しく食べたいから、あと5日程待ってから、
バジリコとオレガノを添えて、シンプルにいただこう。

この日の夕方、散歩に出た。

野菜に水をあげているおじさんから
不意に「チャオ!」と声をかけられたので、

「おじさん、今年のトマト、難しいんですか?」

と聞いてみたら、

「ああ。10本のトマトがダメになってしまったよ」

と言っていた。

どうして、今年は家庭菜園のトマトが難しいんだろう?

オリーブや葡萄の実はスクスクと育っているのに・・・

自然の世界は複雑なのね。

1年中食べれるトマトだけど、本当の旬は今だけ。

秋が訪れるまで、暫くトマトを楽しみま~す♪

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2016年8月19日 (金)

アダージョと朝ごはん

朝起きると、ラジオにスイッチを入れるんだけど、
今朝は新たな情報を取り入れる代わりに、
アダージョのCDをかけた。

アダージョのゆったりとしたとしたテンポに
体と心の振動を合わせながら、朝食の準備をした。

数日前、パトリッツィオがもってきてくれた、
彼の庭になる熟した小さいプラム、
お店で並ぶことのないサクランボ大の桃をカットし、
その上に、アマの種とヨーグルト、そして、
今年の春にトスカーナの丘を真っ赤に染めたスッラの花が蜂蜜になったので、それをたっぷりとかけた。

パトリッツィオ、果実をもいでくれて、ありがとう!

果物たちが、私の体内に入ってくれて、ありがとう!

スッラの花が浴びた太陽、蜂さんたちの働き、
ハチミツ工房の方の営みが、
私の体に入ってくれて、ありがとう!

「今日は、何をしよう?」と考える前に、
もう少しだけ、アダージョの旋律を聴きながら、
朝ごはんの恵みに浸って、
ゆっくりと今日をスタートします!

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ちょっと、通いたくなる店

小腹がすいたので、生ハム食堂で
パニーノ(生ハムサンド)をオーダーした。

店内の黒板には

「この生ハム食堂では、
 酒が飲めない人の改善コースを企画します」

と書かれていた。

こういうノリの店、通いたくなっちゃうんだよね!

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2016年8月11日 (木)

オリーブオイルの作り手「ファンチュッリ農園」から、今日は!

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2016年8月 7日 (日)

モンタルチーノから、葡萄の様子です!

ブルネロの作り手、クパーノ農園を訪れると、
オルネッラ夫人が対応してくれた。

「あら? 不思議な塔がありますね!」

「これね、旦那リオネルからの誕生日プレゼントなの。
 彼が読んでいた本の挿絵にあった鳥の巣を
 再現させたのよ。ここに、白い鳩を飼うの。
 尾っぽがクシャクシャっとした、白い鳩。
 旦那らしい発想でしょ!」

このユニークで素敵な巣は、中が仕切ってあって、
6組の鳩が個室で生活できるようになっている。

無農薬のブルネロの作り手クパーノ農園。

フランス人の旦那、
リオネルさんが手掛けるブルネロの手法は、
バリックの小樽が使われたフランススタイル。

大樽を使用し、葡萄の持ち味を最大に生かす、という、
この地の伝統スタイルとは異なるけど・・・

自然を尊重し、愛が注がれた精神の上には、
色々なブルネロがあっていいと思う。

葡萄畑では彼等の育てる葡萄もスクスクと育ってます!

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2016年8月 2日 (火)

朝食中で~す!

いつもは、夕方にビデオを撮るのですが、
朝、撮影したら、
太陽の角度の関係で画面が真っ暗!

日焼けをしているので、黒いのですが、
それにしても、見えにくくて、すみません<(_ _)>

電話で私の声を聞いているような感覚でお付き合いいただけたら嬉しいです♪

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2016年8月 1日 (月)

シエナの郊外で過ごしませんか?

ボンジョ~ルノ! 

シエナの朝のお散歩道です


お散歩の後は、シエナ近郊の温泉で、のんびりです!

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2016年7月26日 (火)

私から私へのメッセージ


夏に入ってから、
私のスイッチはオフになったままだった。

何もする気になれない。

〈リラックス期間〉と割り切れればよいのだけど、
何もしない自分に負い目を感じながら
スッキリしない日を過ごしていた。

最近になって、この状況はあえて、
自分があえて仕掛けているような気がしてきた。

私は、習慣的にニンニクや生姜、
エキストラヴァージンオリーブ、
新鮮野菜をたっぷりとった食生活を送っている。

巷の情報によると、医者いらずの健康体なはず。
にもかかわらず、
冬になると咳が止まらないし、疲れも感じやすい。

だから〈これさえ食べれば○○が防げる〉的な情報を
そのまま信じる事はやめ
〈これは体に良くないからダメ〉という監視のストレスを外し、食べたいと思ったものを愉しく食べる事にした。

最近、まだ早すぎる知人の訃報に触れたり、
老人施設で暮らす痴呆の方と触れていると、
〈人生の在り方〉について、
何を考えたらいいのかも分からぬまま、
モヤモヤとした気持ちが漂っていた。

最近感じた事は、
心身の健康の為、食べ物だけではなく、
心の在り方にも栄養も取り入れたい、という事。

これまでの私は、
ネットやメディアで情報に触れては
「これも知らない」「あれもやってない」
こんな自分じゃダメだ、ダメだ・・・と
今の自分に不足している部分を感じていた。

そして、人の為に何かをしなければいけない、
仕事の準備をしなければいけない・・・
と考えながら過ごす自分が常にいて、

自分が今の私に対して
「気持ちいいね!」とのんびり会話する時間が少なかった。

お母さんやパトリッツィオは、
今の私に愛情を注いでくれて、
とっても柔らかく、安心した気持にさせてくれる。

この愛情を、自分が自分に注ぎ始める事も必要だな、
と感じ始めた。

やる事があっても、雨上がりのヒンヤリした空気の中、
散歩をしたくなったら外にでる。

大きな樹の下から上を見上げて、
「なんて立派な樹なんだろう?」と感動する。

風が肌に触れる感触、温度を感じる・・・

「気持ちいいね!」と言う自分の声を感じる。

食事はきちんととっていても、心の状態が楽でないと、
どんなに健康な食材を取り入れていても、
ウォーキングをしていても、健康を蝕ばんでしまうよ、
という事に気付くため、
自分でスイッチオフにしていたような気がする。

コンピュータをひらくと、沢山の情報がある。

向上心として情報を収集するのは楽しい。

でも今のように、
自分で自分のバランスを形成したがっている時には、
あえて、外部からの声をオフにする必要があった。

人付き合いも、食生活も、余暇の過ごし方も、
〈こうしなければならない〉という
義務感、投資から少し解放させようと思った。

すると、責任もって沢山の事は出来ないものだな、
と改めて思った。

イタリア人は、ワインを沢山飲み、タバコを吸い、
赤身の肉や小麦粉が使用されたパスタやピッツァを毎日のように食べる。そして、精製されていない砂糖がふんだんに使用されたクリームパンやアイスクリームをよく食べる。

私の周囲には、80歳を超えるお年寄りでも、
このような食生活を送っている人が多く、
この国の平均寿命は高い。

これまでの私は
〈やるべき事!〉などの項目を設定する癖があって、
目標を書いた紙を壁に貼ったりしてた。

若い頃は、それでよかった。

でも47歳の今、
頑張る事から得る達成感しか認めてくれない、そんな自分と、私自身が友達でいたくながっている自分の声に気付いた。

美味しいからこれを食べる、楽しいからこの人と会う・・・

自分が楽しんでいる声に耳を傾けてリラックスをする。
そして、仕事もこなしていく。

イタリア人は
「開放感」「自然体」という感覚を身に着けた国民。

歳を重ねて、
特に美容を意識しなくても素敵な表情の人が多い。

今の自分の理想の在り方が見え始めてきた、
今日この頃です。

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2016年7月22日 (金)

ミケーレの新な旅立ち

ミケーレを見送るミサに行ってきた。

神父様の力強い説教に圧倒された。

「私たちの友ミケーレは
 地上での巡礼を終え、橋を渡り、
 神の世界に移りました。 
 地上では苦しみや悲しみ、困難を纏いましたが、
 これからは、愛の世界で生き続けます。
 皆さんは、死、を
 真っ暗で絶望的な世界だと思ってますか? 
 明るければ、居心地よいと言えるでしょうか?
 考えてみてくださ。
 私達の生活が24時間、明るく照らされていたら、
 私たちは幸福でしょうか?
 死は終わりではありません。 
 変身なのです・・・」}

59歳だったミケーレのお母様はまだ健在で、
ミサの前では涙ぐんでいたけど
神父様の話を聞き入る彼女はの目は、
しっかりと何かを見据えているようだった。

ミサの後、娘のサマンタに挨拶をした。

「昨日はミケーレが手掛けたヴィンサントで
 乾杯したわ。今度、
 ミケーレが写っているビデオや写真を渡すわね」

「ありがとう」

彼女は、穏やかにほほ笑んだ。

誰も泣き崩れる者はいなかった。

これまで恐れていた「死=別れ」が、
このミサでは「見送る会」のように感じられた。

この日の午後、パトリッツィオと一緒に、
彼の悪友を訪れた。

そこには、放射線治療に通い続けるPの姿もあった。

「人生は一度きりなんだ」と言って、
ビールを飲み、タバコを吸っている。

彼がどんな気持ちで暮らしているか、
友達は痛いほどわかるから、
このひと時の幸せを見守るかのように、
あえて誰も、何も言わない。

キャンティの丘に面した庭先で、
ギターに合わせて、皆で歌った。

この時間がとっても愛おしく感じられて涙が出てきた。

黄昏時は、日ごろ見落としてしまうような野の花や草も、
優しく光り輝いている。

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