2018年1月18日 (木)

聖アントニオ

1月17日は動物の守護聖人 聖アントニオの日。

カトリックの国では、
各地の教会で動物の為のミサが行われる。

私たちもモッラを連れ、
サンドメニコ教会で行われたミサに参加してきた。

会堂に集った犬たちは、愛情を注がれて暮らしているせいか落ち着き感があり、興奮して吠える子はあまりいなかった。

ミサ初体験のモッラは、
すれ違う犬に顔を寄せられても大人しくしていた。

パトリッツィオと別れ、
一人でメインの通りを歩いていたら、
子犬を抱いた男性が前方からやってきた。

子犬をみつめる私に寄ってきて、

「この犬、引き取ってくれないかな?」と言ってきた。

「残念だわ。私の家には猫がいるの。
 それに、アパート暮らしだから飼えないわ」

子犬は状況を察しているかのように、
悲しい目をしていた。

今日は聖アントニオの日。

あの子犬が、幸せになりますように・・・

神様、どうぞ、この願いを叶えてください。

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2018年1月15日 (月)

タバコ

パトリッツィオがタバコを吸う姿を見かけるようになった。

病気を抱えている彼にとって、
お酒や肉、揚げ物、お菓子は彼の体を蝕むので、
今は、それらを避けた食生活を送っているが、
禁止されている食べ物は、
以前、彼が大好きだったものばかりだ。

私はタバコを吸わないので、
タバコを我慢する人の気持ちが分からない。

私は、彼の病気を体験していないので、
彼の抱える恐怖や心配を味わっていない。

パトリッツィオは、これまでの味わってきた楽しみを十分に節約して生活している。

病気と向き合う彼自身がタバコの害を知りつつも、
時々、手をだしている。

そんな彼に
「タバコ、吸っちゃダメじゃない」と言ってみたが
彼から楽しみを取り上げる事に躊躇してしまう。

そこで、彼にタバコを吸うとどうなるか?
という実験ビデオを観てもらった。

彼が映像を見ている間、私は彼から離れ、
観終わった後はタバコの話題に触れなかった。

それから、タバコを吸う彼の姿は見ていない。

隠れて吸っているかもしれないけど、
このビデオを観る前とは確実に、
気持ちが違ってくれていると思う・・・・


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2018年1月13日 (土)

イタリアンポップス

今日は、少し昔のイタリアンポップスをご紹介しましょう。

今でもラジオからよく流れる、
幅広い年齢層から愛される恋心をモチーフとした歌です。

● RAFの歌う「INEVITABILE FOLLIA」

●GIORGIAの歌う「Come Saprei」

●Michele Zarrilloの歌う「in Cinque giorni」

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2018年1月 9日 (火)

私の好きな指揮者

ベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメルは、

奏者と聴衆の気持ちを一つにまとめる天才指揮者。

ベルリン・フィルを指揮したドゥダメルは、
アンコールの「ベルリンの風」の演奏の際、
コンサートマスターのダニエル・スタブラバのヴァイオリンを手にして、ダニエル・スタブラバが指揮台に立つというパフォーマンスを披露し、会場を盛り上げました。

日本人ヴァイオリニストの樫本大進氏も大喜び!

気持ちがいいですね!

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2018年1月 7日 (日)

優雅な気分でスタート!

年明け、優雅な気持でスタートしたいですね。

今宵はワインと共に
ウィーンの New Yearコンサートはいかがでしょう♪

いつもより少しボリュームをあげて、
酔いに包まれてください!

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2018年1月 6日 (土)

最近、映画館によく行きます

最近、私とパトリッツィオはよく映画館に行く。

超ソフトな話題に触れたくて、パディンドンを観に行った時は、館内が幼稚園の課外授業のような賑わいぶりだったので、呆気にとられてしまった。

パトリッツィオと私はあるシーンで泣いてしまい、
涙をすすりながら観続けたけど、
小さな観客たちはケロッとしていて、
映画が終わると、館内に可愛い拍手が響いた。

いい大人の泣き顔を小さな観客と若いママさんに見られたくないので、私たちは、逃げるように映画館を出た。

その後、別の映画館に
クリスマスにちなんだ動物アニメを見に行った。

扉を開けると、後部列に若いパパさんと6歳くらいの女の子がポツリといるだけだった。

パトリッツィオに「どこに座る?」と尋ねたら、

「あの女の子の前」と冗談で返したので、
私と若いパパさんは笑ってしまった。

大晦日にはイタリアドラマの映画を観に行った。

私たちの後ろの列には年配客が沢山いて、
携帯が鳴り続けているのに全く気付かない。

本人たちは大笑いしながら映画を観ていたけど、
私もパトリッツィオも、気が散ってしまった。

そして今日も映画を観に行った。

チケット売り場には私とパトリッツィオの二人だけ。

65歳以上は2ユーロの割引があるので
「65歳です」と言うと、「65歳は何人ですか?」
とチケット売り場の男性が聞いてくる。

私は「一人です」と答えたものの
(私も65歳に見える?)と不思議な気持になった。

チケット売りの男性は、終始笑顔で接客は丁寧だ。

「席はどこを希望しますか?」

座席表を表示され、即答しない私たちに対して
「中央のここはどうでしょう?」と言ってきたので、
「それでお願いします」と答え、館内に入った。

客は、私たち二人だけだった。

スクリーンに登場する人物も興味深いけど、
映画館でみかける人も興味深い今日この頃です。

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2018年1月 5日 (金)

八百屋はエンターテイメント

鮮度に拘りたくて、小雨の降る中 バスを乗り換え
生産者さんが直売する八百屋に行った。

番号札を手に、飛び交う会話に耳を傾けながら
自分の番を待つ。

「ラディッキョちょうだい」

「丸いの?それとも長いのですか?」

「長いほう」

すると八百屋の女性は、
棚のラディッキョを次々に軽く握り、

「柔らかいのしかないですね・・・」と言うと

「そう。仕方ないわね。じゃあ、丸いのでいいわ」

と告げ、女性客は次々と野菜を指定して言った。

ブロッコリーの品種にも拘り、林檎を注文する時も
「粉っぽくないやつね」と加えた。

この女性客以外も、
皆、何かしらの拘りを八百屋に伝えている。

そして私の番がやってきた。

「あ~、レタスください。ジェンティーレの品種の」

ただのレタスではなく、品種も伝えてみた。

すると「赤? それとも緑の?」と聞かれたので、

「赤いの」と何の根拠もなく返事した。

(緑のレタスと、葉の先が紫がかったレタスと どう違うんだろう?)と一瞬思ったが、このまま知ったかぶりをして買い物を続けた。

ラディッキョ、ニンジン、玉ねぎにセロリ・・・

林檎を指定する際には「粉っぽくないやつね」
と前客のセリフを真似してみた。

イタリア人は食に対する拘りが高い。

そして、ここに買いに来る人の食材に関する拘りは、
特に高い!

真剣に野菜を選ぶ客の空気に触れるのは楽しい。

いつもはスーパーで「特売」「40%off」のプラカードと対話してしまいがちだけど、生産者さんが販売する店での買い物はエンターテイメント。

ちなみに、この日に買ったレタスは最高に柔らかく
洒落たサラダを楽しみたい時にはこれだね!と
私にも拘りが持てた。

皆さんも地域には、どんなお店がありますか?

パッケージにも様々な情報が印刷されているけど、
作り手さんと触れる僅かな時間が、
エンターテイメント化している今日この頃です♪

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2018年1月 4日 (木)

本音

友達と長電話をしているうちに、

「近々、ランチをしよう」という運びになった。

「明日は(ダメだけど)・・・」と言いかけた途端

「明日は、駄目よ。
 日本人女性の〇さんの新年会に呼ばれているから。
 あら、キヨミさん、呼ばれてないの?」

私は一瞬、ドキッとして、

「うん。呼ばれてないよ」とだけ答えた。

その会に集まるメンバーの顔触れを想像してみると、
普段、馴染のない人が多いので、
仮に、誘いを受けたとしても、
差し障りのない言い訳を作って断っていると思う。

でも「あら、誘われてないの?」と問われると、
動揺してしまう。

こういう事は、結構ある。

今回はあえて、
こういう投稿をアップしてみようと思った。

私は日頃、フェイスブックやブログで
『他人の目から映る自分』を意識してしまう。

出来る事なら、格好よくみられたい。

でも、そういう自分のアピールを通じて、
他の人とどう繋がれているんだろう?

時に、こういう本音をアップした時

「私もそういう時、ある!」

と共感が一つでもあった方がいいんじゃないかな?

イケてない本音ばかりは載せないけど
今回は、こんな記事をアップしてみました(^^)/

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2018年1月 1日 (月)

あけまして おめでとうございます♪

皆様、あけまして おめでとうございます(^^♪

今年もどうぞ、宜しくお願いいたいます。

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今日、私は数年ぶりに走った!

天気予報を見ると、12時から雨マークが続いている。

「ウォーキングするなら今しかない」と思い立ち、

朝の10時過ぎに家を出た。

お世辞にも清々しい天気とは言えず、
景色を楽しむ気分ではなかったので、
友達と携帯で話をしながらタラタラと歩いた。

30分ほど経ったところで、
ポツリポツリと大きな滴が降ってきたので、友達との電話を中断し、今通って来た道を折り返した。

「急ぎ足だと少し運動っぽくなっていいかも!」

その後、激しく降り始めたので走るしかなかった。

走りながらふと思った。

「数か月前まで、腰痛で歩くのも不安定だったのに、
 私、今、走ってるよ~♪」

「膝もしっかりしてて、走れるって有難いな~♪」

「48回目のお正月、雨の中を走るなんて、初めて~♪
 ネタになるかも(-_-;)」

疲れたら歩き、また走り出して・・・を繰り返した。

昔だったら、

「家まで頑張って走るぞ!足元を見れば、
 疲れを感じる事なく坂道を駆け上れるはず!」

と自分に喝を入れてた。

でも今は「疲れたら歩けばいいじゃん!」
という自分がとっても楽。

家に戻ってシャワーを浴び、
昼食の支度をしているところに電話が鳴った。

「キヨミさ~ん、あけましておめでとう。
 実はね、今、キヨミさんの家に来てるの。
 サプライズ!」

大晦日を遠くで過ごしたエリカちゃんが
帰宅の途中で立ち寄ってくれた。

「キヨミさん、何だか清々しくていいね~」

と言ってくれた。

内心、すっごく嬉しかった♪

身の回りの出来事を素材にして、
知己とユーモアのスパイスを加え、
素朴だけど美味しい時間を味わえる。

特別な事を狙わずして、
でも、充実の2018年を作っていけそうな予感が漲る今日この頃です!

皆様におかれましても、
充実の年となりますように(^^♪

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2017年12月31日 (日)

2017年の大晦日に思うこと

2017年は、これまでとは違った年だった。

2月24日に父が脳出血で倒れ、
要介護5と認定された。

父が倒れる5カ月前、
金婚式を祝って家族で囲んだテーブルの光景が
別世界のものへと変わった。

父は退院をした後、2か所のリハビリ施設を経て、
今はある施設に落ち着いている。

施設を変わる時、そして、何度か病院に戻された時、
お母さんは一人で対応した。
今までに見た事もない父の行動に戸惑いながら、
この状況をどう解釈して、どう向き合っていくか?

正面から受け入れながら、
毎日欠かす事なく父を訪ねている。

大晦日は、昼から夜の8時まで、父の傍らで過ごすと言っている。

「父の為に尽くしてあげている」のではなく、
お母さんがそうしたいからしている、と言っている。

だから、見返りなんかも求めていない。

寝ているお父さんの傍らで新聞を読んだり、
図書館で借りた料理本のレシピをノートに書き写したりしていて、面白いな、と思った話題をスカイプで語ってくれるお母さん。

介護の時間を上手くプラスに捉えている。

そんなお母さんの姿に人が引き寄せられ
以前にもまして社会性を感じる。

それに比べ、私はどうだろう?

日本帰省の際には、
脳の痺れを心配してMRIを受けたり、
耳鳴りがするから耳鼻科で検査を受けたりしたけど、
検査結果に異常は見られず
「ストレスですね」と言われた。

その他、蕁麻疹、動機、腰痛、胃痛、倦怠感等・・・
病院に行くと「ストレスですね」と言われた。

お母さんは現場に生きて
「この状況をどう生きようか?」
と楽しく変換しようと努め、充実させている。

一方私は、自分の思考から無駄な病気を生み出して
お母さんに泣き言を聞いてもらう事が多かった。

「2017年、やっと終わって良かった~。
 2018年はいい年になるよ!」

と2017年を否定的に捉えるのは違うような気がする。

全てのものに意味があると信じ、
2017年の肥しを生かす事が2018年に関わってくるような気がする。

お母さんみたいに、与えられた状況を賢く生き抜く、
そんな強い精神を実らせたい。

今年も沢山の方に支えていただきました

本当にありがとうございます<(_ _)>

皆様が過ごした2017年。
皆様の土壌に、更なる幸が実りますように・・・

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